九州上陸

京都を午後に出たが、時刻表で見ると博多到着は0時を過ぎてしまう事が判明。
100円均一ショップでスケッチブックとマジックペンを買う。

倉敷まで来た所で下車し、ヒッチハイクの開始だ。

駅からICまではおよそ3~4キロ。とことこ歩きつつ倉敷I.C.と書いたノートを掲げる。
2キロほど歩いたところで中年女性の2人の車が止まり「インターまでなら」と乗せてもらう。
静岡から18切符で来たこと、京都で野宿したことと「自分探しの途中です」などどワケのわからない事をほざくと、けらけら笑いながら「それで見つかったの?」と訊かれる。
「いやーそれがまだ…」と言葉を濁す私。

16時にインターに着き福岡に行きたいと書いたノートを持って立っていると、わずか5分ほどでSRVに乗ったサービス業の仕事中という30半ばの男性が止まってくれ「福山東インターで降りるから、そこまでか道口PAまでなら」と乗せてくれる。
「なにしてんねん!?学生か?」と訊かれたが、立派な社会人であることを弁解する。
「おもろいことやっとんなぁ。まぁ兄ちゃんくらいの年ならOKやろ。おれもしたいなぁ」と憧憬のマナザシであった。

PAの方が次の車を拾いやすいだろうと思って道口PAで下ろしてもらう。
降りた瞬間「しまった!」と感じた。小さなPAでは停車車両が少なく、多くの人の目に触れないのだ。
しかし仕方無く福岡に行きたいと書いたノートを持って、PA出口に立っていると15分ほどで父子の乗った車が止まり「熊本まで行くから乗ってき」と目的地までの車両に遭遇。
一気に博多まで到着したのであった。


父57歳、息子30歳の中島父子とは車中、互いの業界の裏話や旅行のことで話が弾んだ。
お父さんの方が何度もヒッチハイカーを乗せた経験を持っており「乗せていこう」と提案したそうだ。
車中「ヒッチハイカーが危険視されてますけど、そんなことないですよね?みんないい人ですよね」と問うと「そうだな」と同意してくれた。
息子さんの方は「ヒッチハイカーちゅうのに初めて会ったわ」と興味津々で、写真撮らせてと頼まれたので、格別の笑顔で撮られてみた。
彼もやっぱり「若いころにヒッチハイクをしたかったなぁ」と語っていた.

やはりこういう冒険は誰もが憧れるもののようだ。

10時半に博多に着き連絡先を交換して別れた。


福岡は今年国民文化祭の開催県のようだ。
国民体育祭の文化祭バージョンという事で毎年各県持ち回りでやっているが、体育祭のように優劣を競うわけでないので、イマイチ盛り上がらないイベントだ。
2001年の群馬開催の時、カフェ運営や、国際屋台の募集と暗躍したのだが、国民文化祭・ぐんま2001からという本にまとめられるときすでに群馬を離れていたので、インタビューされる事は無かった…

中洲をうろうろして屋台でラーメンを食べた。
福岡にいた友人に電話して聞くと「屋台は観光客向けになっていてうまいとこは無い」と言われたが、記念に食べておいた。
隣のカップルの女の子は「おいしいね」と満足していたようだったが、ラーメングルメの私には満足行くものではなかった。
食事途中、扇風機の風で蛾がスープの中に入ってきた。

後輩からは「先輩のは貧乏旅行じゃなくて、貧乏ごっこ旅行だね」と言われた。
その通りだ。うまいこと言うな。と感心した。

今夜は博多駅前の漫画喫茶で夜をすごす。


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