「本当のクリエーションとは何なのかを考えて欲しい」
山本耀司が訴えている。
This is the Yohji Yamamoto
と言えるオリジナルスタイルを作りあげた山本耀司。
また、彼に比肩するデザイナー達。
それに対し、日和見主義的にスタイルを変えていくデザイナーがいる。
ただ既存のものをコラージュのようにして、それをクリエーションと呼ぶデザイナーもいる。
モードに熱を上げていた20歳頃、そのヨウジの言葉を読み
「それではクリエーションってなんなのだ?」と考えた。
当時出入りして書き込みをしていたTCGというサイトのBBSに、カミジョウさんという詳しい方がいた。
その方のレスが欲しくて疑問を書き込んだ。
「UNDERCOVERのレリーフというテーマは、ただデニムのアタリをジャケットやコートに転用しただけで、アレはクリエーションといえるのでしょうか?」
今思えば恥ずかしくなる質問だ。
それに対しこう返答が来た。
「それがクリエーションであるかどうかは、(純粋に)自分の中から生まれて来たものなのかだと思います」
唸った。
なるほど。
既存のものの焼き直しでなく、MIXでなく、自分の発見(あるいは発明)から生まれたものこそクリエーションであるのだろう。
考えてみれば、デニムのアタリが元になっているのはわかるが、それをウェア全般に取り入れたデザイナーはいない。
誰かのデザインに影響を受けて作った服ではないのだ。
ゆえにクリエーションと呼んでいいのだと思えた。
(余談だが、三原康弘のアタリの出た革靴は、このレリーフを想像できてしまって萎えた)
ただ好きな服を作ることや、「~みたいな服」を目指して作っている限りは、本当のクリエーションはありえないのかも知れない。
それにファッションデザインにおいては「~にインスピレーションを受けました」と1着作るだけでは、ダメな気がする。
装苑賞の最終選考が同じコンセプトで3着の服を作る必要があるように、自分の中で生まれたクリエーションを、いくつもの型の洋服に展開できてこそ、そのインスピレーションを自分のものにしたと言えるのではないだろうか。
それが真に今までに無く、新しいデザインであるか。
そしてインスピレーションをコレクションとして展開できるか。
この辺にクリエーティヴなファッションデザインというものがあると思っている。
しかしながら、全てのファッションデザインがクリエーティヴである必要もないのである。
【余談】
10/5から今年もパリコレを観に行きます。
パリコレ期間は10/2~10なのですが、仕事の都合で5日出発になってしまいました。
昨年ほど充実したパリコレレポになるかわかりませんが、また面白い記事を書きたいと思っています。
ショーのスケジュールがこちらで発表されています。
遅く行くせいで、いくつか見れないのが悔しいです。
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